刑事司法を改革せよ<その2>「兵庫少女違法勾留事件」ー 取調室での弁護士同席は禁止されていない

取調室での弁護士同席が、少年(16歳少女)に認められていない。これは完全にアウトではないか。この件につき、AI(Gemini)と法的背景につき調査したが、同席を禁止する規程はなく、単に、捜査側の要望を弁護側が認めざる得ない状況が作られているに過ぎなかった。

<事案>兵庫県内の障害者施設(施設名非公表)で当時16歳の女性が暴行容疑で逮捕され、不起訴となったものの心身の不調で死亡した事件。担当は、明石警察署・神戸地方検察庁・神戸地裁。少女は、家族(母親)が経営に携わる障害福祉事業所の法人に所属する女性職員として勤務していた。事件は2025年2月で逮捕は6月。未成年であるにも拘らず接見禁止で18日間拘束された。死亡時期は非公表だが、釈放から約半年後で2025年12月頃。

取調室での弁護士同席は現行法で可能

取調室での弁護士同席は100%拒絶されてきた>日本の刑事司法において、「弁護士が取調室に同席することを捜査機関が認めたケース」は、逮捕・勾留された成人被疑者についてはほぼ皆無だ。任意の取り調べで、同席が認められたケースはあるが、「供述弱者」とか「ひき逃げ容疑の否認事件」とか、僅かだ。逮捕されている場合は、捜査機関に「取り調べ管理権」があるため、弁護士の同席要求は100%拒絶されるが、任意の取り調べは被疑者が断ることもできるため、「弁護士を同席させるなら応じる」といった出頭条件の交渉材料として使われることもある。

弁護士同席拒絶に法的根拠なし>刑事訴訟法第39条第1項 には、身体拘束されている被疑者は「弁護人と立会人なしに接見」することができると定められ、被疑者が誰にも邪魔されずに秘密裏に弁護人から助言を受ける権利(秘密交通権)が保障されているが、最高裁判所判例では「弁護人が取り調べに立会う権利」までは含まれないと解釈されている。さらに、捜査機関の取り調べ管理権(捜査機関には、取り調べの場所や方法を管理する権限がある)を盾に、同席が拒否されるが、これは「弁護人の立ち会いを禁止する法律があるからではなく、「刑事訴訟法に立ち会いを認める明文規定がないため、捜査機関の裁量(権限)の範囲内で立ち会いを拒否しても直ちに違法ではない」という法解釈によるものだ。

※法的根拠と現状:現行の刑事訴訟法では、取り調べ中の弁護人の同席を明確に禁じる条文はない。一方で、最高裁判所の判例「最高裁昭和53年7月10日判決(接見の具体的な日時や時間の指定について、捜査機関が合理的な範囲内で指定できる)」「最高裁平成11年3月24日決定(長時間の取調べなどが行われた場合でも、直ちに違法とはならない)」「最高裁平成11年(あ)第217号 平成12年6月13日第一小法廷判決(逮捕直後の弁護人との接見について、捜査の必要性からやむを得ない範囲での制限は適法であるとする)」などから、現行の枠組みでは弁護側が法的に立会いを強制する手段がなく、交渉も成立しないという膠着状態が続いている。禁止されているからできない」というよりは、「捜査機関に立会いを認める法的義務がなく、彼らが例外なく拒否するため、交渉が成立しないというのが現在の日本の刑事司法の枠組みだ。ロビーなどで長時間待機しようとしても、捜査の妨げや機密保持を理由に退去を求められるのが常で、「本人が同意して話している(任意)」と言い張られれば、弁護士は部屋の外で弾き返されてしまう。

誰が「弁護士同席」を拒絶するのか

検察が組織として同席を拒絶>検察が組織として、「弁護士の同席は取調べの機能を大幅に減退させる」という見解を崩さず、弁護士の同席を拒絶し続けるのは、「職責上の危機感」が刷り込まれているためと言われている。職務上の危機感というのは、誤った対応で失職するなどといった意味ではなく、真相解明という大義名分(被害者の無念を晴らすために、客観的な事実を暴くことが最大の使命)が、弁護士同席によって妨げられ、凶悪犯が社会に放免される恐れがあると、こういった危機感だ。また、弁護士同席を認めたことで、証拠が取れず、不起訴(あるいは無罪)になった場合、組織内で「捜査を失敗させた」として致命的な不利益(人事評価の低下など)を被るリスクもあると言われている。これらから、個人の人権意識よりも、組織のルールに従って、前例を踏襲するという防衛本能に支配される

「自白が取れなくなるから弁護士の同席を拒む」という論理は、国家が個人の人権を犠牲にしてでも自らの「職務」を優先することの表れであり、主権者である国民から見れば不誠実極まりないものだ。「冤罪のリスク」や「被疑者の尊厳」を二の次にして「自白の獲得」に固執する姿勢は、現代の民主主義社会における「正義」の定義からは大きく逸脱している。

個人の人権意識と組織の論理の乖離>現代の若い検察官や、司法改革を経て任官した検察官の中には、当然ながら現代的な人権意識を持つ人も増えている。「密室での冤罪リスクを減らすためには同席があってもよい」と、内心で容認論を取る検察官も、徹底した「上意下達」の組織の中では、上司の決裁を得るために、組織の論理に飲み込まれざるを得ない。人権意識はないのかと批判されても、「上意下達」の組織では、独断で物事を決めるのはシステム上不可能だ。
検察内部で人権研修はないのか>検察の研修の多くは法務省の施設(法務総合研究所など)で行われる、身内の、身内による、身内のための研修が中心となっている。最高検察庁や法務省が定めたカリキュラムに沿って、「いかに適法に、かつ確実に公判を維持するか」や「いかに緻密な供述調書を作成するか」といった実務技術の継承に重きが置かれている。外部の有識者(冤罪弁護で実績のある弁護士や、検察に批判的な法学者)を講師に招いての、(一般の公務員が受けているような)人権研修は、実際、ほとんど行われていない。
検察内部で検証の仕組みは機能しているか>検察にも、法医学やサイバー犯罪などの最新技術を学ぶ機会や、過去の冤罪事件を受けた「検証」の仕組みは存在する。しかし、問題なのは、そのアップデートの方向性で、国民の感じる正義とは決定的な乖離がある。具体的には、検察の無謬性の神話から、「間違いを犯さないため」のアップデート(=技術的な失敗の検証)に留まり、過去の「やり方」が間違っていたと認めることはない。新しいエビデンスに乗り換えることなく、古い体制にしがみついていると、民間企業も病院も(政府さえ)あっという間に倒れてしまうが、検察は倒産することなどないと考えている。

裁判官は「取調室での弁護士同席」を指示できるのか

裁判官の権限では「取調室での弁護士同席」を義務付けることはできない>裁判官には、検察の請求を追認するのではなく、人権擁護のため、「勾留延長請求」の却下や「接見禁止」の不許可 あるいは「接見禁止一部解除」の権限を与えられているが、「取調室での弁護士同席」の義務付けの権限はない。最高裁判例や実務で「取調室での弁護士同席権」が確立されていない以上、可否は「捜査機関の裁量」に委ねられるとされ、裁判官が職権で「弁護士を同席させなければ取り調べを認めない」という司法命令を出す根拠(条文)は乏しいとされる。ただし、公判での証拠採用に疑義を挟むことは可能で、実際、このような判断から、「弁護士同席のななかった取り調べ」について、証拠の任意性を疑い、採用を却下してきた裁判官も存在した。

未成年なのに弁護士も家族も同席していないのは「未成年者保護違反」ではないか>(今回)「未成年なので弁護士を同席させよ」と裁判所は言っていない。これでは「未成年者の人権に対する歯止めがなさすぎる」というのは正当な批判だが、現行の「三権分立と職権の壁」から、裁判官が独自の判断で「弁護士同席を取り調べの条件にする」と言うのは、極めて難しく、個々の裁判官が「人権意識に基づき、弁護士同席を義務付ける」という命令(司法処分)を仮に出したとしても、検察側から「裁判所による不当な捜査介入であり、法的な根拠がない」として反発され、実務上機能しないのが現実だ。

※「三権分立」と職権の壁:日本の法制度では、「捜査をどのように行うか(取り調べの方法など)」を決定する権限は、行政権に属する警察や検察(捜査機関)の管轄とされている。司法権である「裁判所」の役割は、提出された証拠を元に有罪・無罪を判断したり、法律に明確に書かれた身体拘束(勾留)の可否を判断したりすることに限定されている。

現状を打破するため

この現状を打破するため、日本弁護士連合会(日弁連)は「取調べへの立ち会い権」を法律に明記するよう強く求めており、一部の地方弁護士会(福岡県弁護士会など)では、取調室のすぐ外で待機して数十分ごとに助言を行う「準立ち会い」や、「実際の立ち会い」を行う弁護士を経済的に支援する独自の制度を立ち上げるなど、実質的な弁護士同席の実績を積み上げようとしている。


引き続き、「勾留延長請求と裁判官~なぜ却下できないのか」「少年法が無視される仕組み」「刑事司法改革における5つのアプローチ」「裁判官訴追委員会への『罷免の請求』(付 担当検事の懲戒処分を求める『請願書』)」を予定しています。