日本の刑事司法で、違法な逮捕・勾留や取り調べが報告されるのは、➀刑事司法機関(検事・警察・裁判所)を監視する仕組みがないこと、②刑事司法相互の監視が機能していないこと、および ③刑事司法組織内に監視部門が用意されていないことが主因だ。2002年、小泉内閣が改革を試みたが失敗、今に至るが、もう待ったなしだ。
<事案>兵庫県内の障害者施設(施設名非公表)で当時16歳の女性が暴行容疑で逮捕され、不起訴となったものの心身の不調で死亡した事件。担当は、明石警察署・神戸地方検察庁・神戸地裁。少女は、家族(母親)が経営に携わる障害福祉事業所の法人に所属する女性職員として勤務していた。事件は2025年2月で逮捕は6月。未成年であるにも拘らず接見禁止で18日間拘束された。死亡時期は非公表だが、釈放から約半年後で2025年12月頃。
刑事司法3組織、どこが悪いのか
「兵庫少女違法勾留事件」では、「事件への関与を否定し続ける未成年者」の人権を、刑事司法が一体となって、あたかも当たり前であるかのように蹂躙してきた。具体的な人権侵害としては、見込み捜査による「①逮捕」、安易な「②勾留請求/拘留延長請求」、少年法の精神を無視した、16歳の少女への「③接見禁止命令」、そして、刑事司法3組織(警察・検察・裁判所)による組織的「④少年法の無視」、さらに、(法の精神からは根拠が薄弱である)捜査機関による「⑤取調室での弁護士立ち合いの拒否」が挙げられる。これらは、刑事司法3組織に共通する瑕疵だが、なかでも、無批判的に令状を発行し続ける裁判所の責任は、人権の防波堤とみなされているだけに、最も重い。
防波堤は弁護士だけ
捜査機関(警察・検察)および令状発行機関(裁判所)の暴走から、被疑者(この用語もちょっと問題かなと思うが)の人権を守る役割は、日本では、弁護士という「個人の専門家」に委ねられている。「捜査機関および裁判所」の中に人権を守るための独立した組織は用意されていない。制度の建前としては、「三権(この場合行政と司法)」が互いにチェックし合うことにより人権が守られる仕組みとなっているが、実務においては、ブレーキは機能しておらず、身柄拘束の長期化や少年法の形骸化を招いている。弁護士についても、必ずしも刑事司法全般に精通している訳ではないため、当然の権利である「準抗告」の機会を失ったり、少年法の適用を強く求めるチャンスを失したり、人権を守るには不十分なこともままある。弁護士会などによる「 ⑥人権擁護プロセスのスタンダード化」がぜひ必要で、「オンラインマニュアル」があると効果的だ。
刑事司法3組織はなぜ人権を守れないのか
行政職である「検察官・警察官」と司法職である「裁判官」は、本来、三権分立の観点から、互いに独立して、厳しくチェックし合う立場にあるが、公務員であるという共通点と、3組織とも「上意下達の強固な階層社会」である点から、考え方(脳の癖、バイアス)が必然的に似てくる。特に、検察官と裁判官は同じ司法修習所で学んだ同朋であり、司法界の人間という仲間意識も強く、意見は「一致しやすく」、また「一致させやすい」とも言える。
3組織とも、「確証バイアス」に支配されやすく、かつ、上意下達の強固な階層社会という共通点から、同調圧力も働きやすい。さらに、過酷な犯罪捜査現場や、裁判例としての悲惨な人生に日常的に遭遇する中、脱人格化(Depersonalization)が起き、人権の擁護者という立場は別世界のものとなってしまう。検察および警察は、最大の使命である「事件の真相解明」と「治安維持」を最重要として、「確証バイアス」と「脱人格化」および「同調圧力・前例踏襲」から、「容疑者の人権を守るために捜査の手を緩める」という動機は働きにくくなる。令状判事も、捜査機関の片面的な証拠を、9割以上承認する、冷酷な「令状発行マシーン」と化し、実務で、容疑者の人権を守る役割は、弁護士という個人の専門家に丸投げされる。弁護士とて、必ずしも刑事司法全般に精通している訳ではないので、人権擁護の対応が不十分なこともある。(人権擁護プロセスのスタンダード化が必要)
人権保護・刑事司法改革における5つのアプローチ
- 欧州人権裁判所型人権保護機関(条約による歯止め、日本では憲法改正が必要)
- 国家人権保護委員会の新設(小泉内閣で2002年提出 ⇒ 2003年廃案)
- 刑事司法組織(警察・検察・裁判所)の多重化(FBI、地方検事、予審判事)
- 組織内に人権保護官を新設(拘禁官、証拠保全担当官、予審判事など)
- 法改正で対応(刑事訴訟法改正、弁護士の権限拡大、曖昧な法規定の改正)
1)欧州人権裁判所(ECHR)型人権保護(条約による歯止め)
国際条約を批准し、最高裁判所のさらに外側に「法的な強制力を持つ国際人権裁判所」を置くことで、国家権力の暴走を最終的にコントロールする仕組み(EU諸国、特に東欧諸国の人権環境整備に貢献)
<長所>:国内の政治的な思惑や「身内の同調圧力」が一切通用しない、究極の客観的ブレーキとして機能する。
<課題>:日本国憲法第76条1項(司法権の独占)および第81条(最高裁の終審権)と真っ正面から衝突するため、憲法改正が絶対に不可欠となる。
2)国家人権保護委員会の新設(国内第三者機関:小泉内閣)
内閣や法務省から完全に独立した強力な調査権を持つ「人権保護委員会」を国内に新設し、警察・検察による人権侵害を監視・救済する。
<長所>:憲法改正を必要とせず、国内法(人権擁護法など)の新設だけで対応可能。政治的外圧を排した純国内的なガバナンスを構築できる。
<課題>:かつて小泉内閣で廃案になった(2002年提出、2003年廃案)ように、自民党内保守派の「治安維持への懸念」やメディアの反発、法務省の抵抗など、政治的な合意形成(左右のイデオロギー対立の打破)が難しい。
3)警察・検察・裁判所組織の「多重化・権力分散」
一つの巨大なピラミッド(一元管理)を解体し、組織同士を競わせることで暴走を防ぐ欧米型の構造改革。戦前の日本の警察・裁判所はフランス型で、予審判事も存在した。
① 警察の分割:【フランス型】国家警察と国家憲兵隊による相互牽制 /【アメリカ型】連邦捜査局(FBI)と地方警察の分離。
② 検察の分割:国家検察(中央集権)とは別に、地方の検事を「選挙」で選ぶ(アメリカ型)ことで、官僚バイアスを排し市民の民意を反映させる。
③ 裁判所の分割:最高裁の業務を分割し、人権の救済だけを専門に行う「人権裁判所」や「憲法裁判所」を新設する。
<長所>:組織そのものが相互に監視し合うため、一つの組織がブラックボックス(聖域)化して「ザル法データ管理」や確証バイアスに陥ることを構造的に防げる。
<課題>:戦後70年以上かけて凝り固まった日本の「警察庁・最高裁」の巨大な官僚利権秩序を根底から解体・再編する必要があり、最も改革の難易度が高い。また、裁判所の分割には憲法改正論議が絡む。
4)「組織内」人権チェック機能の新設(実務的な身内分離)
既存の警察・検察の形は変えず、その「内部」に捜査チームとは利害関係のない強力なインサイド・ブレーキを設置する仕組み。
具体的なポスト:イギリス型の「拘禁官(身柄管理の専従・捜査への不干渉)」、「人権担当官」、「証拠保全担当官」の設置。あるいは、検察の内部に捜査とは独立した「人権検察」を置く、または戦前の「予審判事」(裁判官が捜査段階から証拠を厳格に管理する)の復活。
<長所>:公務員の組織を肥大化させず、既存の人員配置やシステムの工夫(プロトコルの自動化)だけで実現可能。捜査員との利害関係を遮断すれば、田舎の警察署でも同調圧力を超えて機能する。
<課題>:データの管理権を100%「身内」が握るため、法的な罰則や厳格なルール(PACE法のようなもの)をセットで課さないと、簡単に形骸化(身内への忖度)してしまうリスクがある。
5)現行組織のまま「法改正」で対応(現実的路線)
組織の形(身分制度やピラミッド)には一切手を触れず、ゲームのルール(法律)だけを上書きして、外枠から縛り上げる仕組み。
具体的な内容:刑事訴訟法を改正して「取り調べの全過程100%可視化(録音・録画)」を全事件で義務付ける。弁護士の権限(取り調べの立ち会い権や証拠の一括開示請求権)を大幅に拡大する。「犯人隠匿教唆」のような曖昧な法規定を順次、厳格に改正していく。
<長所>:自民党良識派や超党派の議連が進めている。今、最も実現可能性が高い現実解。袴田事件や16歳少女の悲劇などを受けて世論の支持(報道の追い風)も得やすく、官僚組織も法律の命令には従わざるを得ないため、即効性がある。 <課題>:検察庁や警察庁による水面下での「骨抜き(一部録画の容認など)」を許さないよう、国会が監視を続けなければならない。